昨日、救急車を呼ぶ事態が発生しました

事態が発生して5分後、電話の受話器を取り「119」をプッシュ

しかし、「ツーツー」

国際電話のコール音と一緒だったのでそのまま「ツーツー」と言う音を5秒ほど聞いていました

ふと、違和感を感じ「119が通話中なんてこともあるのか!?」と気付く

Wi-Fiを確認した所、電話回線のランプが赤く点滅している

急いで、携帯から救急車を呼ぼうとしたが、ロックを解除するのにも普段より時間がかかる・・・

「119」をかけるとワンコールで救急隊の人が電話に出てくれました

しかし、平常心を保て!と自分に言い聞かせているもののパニック状態の内心

住所を聞かれたが、自宅の住所なのに間違えてしまうという失態・・・

一呼吸をおいて、状況説明は何とか出来、救急車が到着するまでの5分間ほどの時間で、出発の準備

緊急事態が発生した時に、あれほど状況を客観視する力が足りない自分を情けなく思いました

当然私は医療関係者ではありません

なので、もちろん緊急事態の状況に慣れなどありません

また、今まで緊急の事態に遭遇したこともありません

そう考えると出来なくても仕方がないのかもしれませんが、自分を落ち着かせることで出来ることがあるかもしれない

今回、電話口で住所を間違えてしまったことにより、「私、焦りすぎだよ!」と自分に言い聞かすことが出来、少し落ち着けました

焦った時ほど、深呼吸をして、状況を確認の上、自分の出来ることを探し行動に移すべきだと感じました

今回救急搬送されたのは1歳の甥っ子です

私の周囲には妊娠を希望している人がたくさんいます

しかし、私自身1人の母であるからこそ感じるのは、子どもは可愛いだけではない・・・と言う実態

私の娘も1歳の時に、熱性痙攣からの心肺停止状態になり救急搬送されたことがあります

母として子どもの命を守る重さと同時に恐怖心すら感じました

自分の判断が間違ったら、対応方に過ちがあったら・・・

親だからこそ平常心は更に失ってしまうこともあります

それでも、守らないといけない命を授かる

そのことの重大さを今回再認識しました

以前ある書籍で「赤ちゃんは授かりものではない。神様からの預かりものだと思う」と言う一文がありました

神様から預かった命を全力で守る

それが、子どもを授かる母と神様との約束事なんだろうと思いました